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解決済みの質問

観察力・洞察力の違いについて

人によって、観察力・洞察力の違いがあると思うのですが
何がどのように違うのかというのが気になり質問させていただきます。

前にテレビでペットボトルを開けれない人が出ていたのですが、原因はフタとは切り離される部分も一緒に掴んで回していたためでした。

また、この間お菓子の箱(おかきなどが入ってるお土産とかによくある箱)を捨てようとばらしていたのですが、手伝ってくれた人が箱をばらす方法が分からず手間取っていました(糊などを使わず折り込んで箱状になっているだけだったので、順番にめくっていけば一枚の厚紙になるものです)

こういった、どういう仕組みなのかを把握するのが苦手な人というのは、得意な人とどういう違いがあるのでしょうか?
例えば視点だとすると、具体的にどう違うのか、といったことが知りたいです。

よろしくお願いします。

投稿日時 - 2018-05-08 14:34:04

QNo.9496380

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

一番大きな差は、教育というか環境というか、そういうものだと思います。
おしなべて警察官は我々より観察力や洞察力は鋭いでしょう。しかしそれは警察がそういう才能がある人たちを上手に採用しているというより、警察学校などの教育課程でどこの見るか、何を考えるかの教育がされているからだと思います。

親がそういうのが鋭ければ、それを間近に見て学ぶっていうこともあります。私の父親は昔、グリコ森永事件のときにマスコミから「犯人側にお金を渡したという事はないのですか?」と聞かれたグリコの社長が「ありません。もうありません」と何気なくいったのを聞き逃さず、ニヤニヤしながら「今、『もう』っていってたよね。『もう』ってことは、一度はあったんだよな」といいました。
子供心に、よくまあ聞き逃さねえなあと感心しました。そういうところにポロっと出るとか、別に親父から「いいかい、そういうところを聞き逃しちゃいけないぜ」と教わったわけではないですが、学んだところはありましたよね。

ミステリー小説のファンならば、どういうところに作者が伏線を張るかを知っていますから一般の人よりもそういうところに気づきやすいというのもあると思います。
ただ、どうにもそういうのは苦手という人はもちろんいると思います。一般的には細かいことは気にしないタイプは見落とすケースも多いと思いますよ。
お菓子の箱がバラせなかった人は、IQテストなんかにある展開図が苦手な人なのだと思います。空間認知能力ってやつですね。ですから、観察眼や洞察力であっても、箱をバラすのは得意だが、言葉の中のウソを見抜くのは苦手とか、あるいはその逆ということも当然あると思います。

心理学の知識なんかも役に立つこともあると思います。一時期日本でブームになった、マイケル・サンデル先生。私は彼が常に片手をポケットに入れていることに注目していました。あれって自分の本心を知られたくないという防衛本能なんですよね。彼の授業は問題提起はしても結論は出さないことが特徴でしたが、あの常に片手をポケットに入れて他人を探るようなやや上目遣いの目で見る様子を見て、彼の深層心理を想像していました・笑。

投稿日時 - 2018-05-08 15:44:41

お礼

回答ありがとうございます
育った環境、確かにそうかもしれません。
箱を崩すのを手伝ってくれた人の家庭は、家具も組立済みのものばかり買い、家具の配置で収納を工夫したりといったことがなく、出来上がったものを利用することが多い家庭です。
逆に私の家庭は親は日曜大工が趣味で、何でもあるものを工夫したり組み替えたりして使うのが得意です。
箱を崩すのが苦手な人は空間認知能力が低いというのも納得です。
なぜか、カバンに荷物が全部入るのに入らないと思い込んで、さらに大きなカバンを用意してブカブカな状態で持ち歩いてるところを見たことがあります。

ちょっとしたことから推測したりするの、面白いですよね。
そういう思考の有無が関係してるんでしょうね。

投稿日時 - 2018-05-09 00:34:48

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回答(6)

ANo.6

小さな時からの、経験の積み重ねです。
親がしていれば、それを見て、あんなことをしていたなと、覚えています。
自分も真似をしたらできました。
子供のころからの、遊びでもいろんな知識が身に付きます。
それの応用で、いろんなことができたりします。

投稿日時 - 2018-05-08 18:40:28

お礼

回答ありがとうございます
経験の有無、確かに関係してそうです。
工夫したりあれこれいじり回した経験によって、初見のものもある程度すんなりと把握できるのかも。

投稿日時 - 2018-05-09 00:39:07

ANo.5

これは「応用力」の感覚が欠損しているということです。
たとえば、アオハタのジャムの瓶が開かなくて、うんうんうなってひねっているうちにぱかっと開いたとします。そうすると、やりかたのコツを覚え、次にアオハタの瓶がそこにあったらちゃんと開けられるようになります。こういうのが学習です。

ところが、桃屋のキムチの素に出会ったら、また脂汗を流して手も足もでなくなるのです。口径は違うし、ねじの様式も違うとはいえ、原理的には同じことなんですけど、また知識がふりだしに戻ってしまうんです。

普通の人は、仮にアオハタで同じ目にあったとしても、そのときにやろうとした工夫を覚えていますから、スドーのジャムに出会ってもあちこちをポンポンたたいたりしてひゅっと開くことができるのです。当然桃屋のノリの佃煮でも驚きゃしません。

こういうことを「スキル」というんですね。何にでも応用がきき、できるようになることです。

さきほどのアオハタで苦労し桃屋でもまた苦労する人は「ノウハウ」を得ただけなんです。同じものに出会わないと何もできないのです。

もっと例をだしますと、トヨタですいすい運転できた人間にホンダを渡したらじっとり汗をかいているなんていう光景があります。かたやスズキをもらってもマツダでも日産でも何の苦労もなく乗り換えられるひとがいます。

一般的に、ノウハウは学校で習えます。頭にメモすりゃいいんです。しかし、スキルは実技訓練をしないと身につきません。体に植え付けるのです。

具体的にどう違うのか、はそういうことです。スキルを身に着けることが苦手な人がいるのです。

投稿日時 - 2018-05-08 15:58:46

お礼

応用力、納得です。
同じ種類のものなのに、ちょっとデザインが違うとわからなくなる人いますよね。
似たような経験はしてるのに、それを参考にできないのかもしれません。

投稿日時 - 2018-05-09 00:36:58

ANo.3

物事を構造的に見る力と、洞察力は大げさですが、想像力の有無が関係しているように思います。
お菓子の箱で言えば、折り込んである所を見て、その先の見えない部分がどうなっているかを想像し、全体の設計図をイメージできると簡単に解体できます。

ペットボトルで言えば、蓋のつなぎ目の部分から、それが未開封の印であることを想像できない、ひいては安全性に意識が及ばないと、単純に全体を蓋と見なしてしまうという感じでしょうか。

投稿日時 - 2018-05-08 15:22:23

お礼

回答ありがとうございます
想像力、確かに考えてみると、今までそういった場面で出会う人は想像力に偏りがあったように思います。
見えてる面の先を考えられず、表面的な部分だけで判断していることが多かったような。
逆に私はばらす対象の箱を見たとき、組み立てる時の手順を想像していました。
形から、より詳細を把握するというよりは、形から単純な形状の把握のみにとどまっているのかも。

投稿日時 - 2018-05-09 00:24:59

ANo.2

誤解を恐れずに言えば,観察力は見たままを見たまま表現する能力であり,洞察力はその観察事実を道理などに照らし合わせて判断する能力だと思います。
一般には洞察力の方が役に立ちそうで,能力があるように思いますが,例えば研究においては道理に照らし合わせて判断するような先入観を持たずに,まず観察事実を受け入れるステップも重要な要素となります。
さて今回のあなたが示した キャップや紙箱の例は洞察力によるもので,指摘する方は
キャップは本来開くものであるという道理から開かない理由を探すという思考経路になっているはずです。箱においても一般には小学校に習った箱の展開図などからも一枚の紙から折りたたまれて作られているのだから,その逆をたどれば必ず一枚の紙に戻るという当然の考えを元に開かない理由を探っているに過ぎませんよね。つまり分かる方からすれば当たり前の答えがあるなかでやっているので,相手がどうしてわからないのかまったく理解できない訳です。学校の先生が自分の授業が理解できない生徒がいる理由が分からないのと似ているかも知れません。
実際,程度も様々で,物の道理が理解できないタイプや,その引き出しの極端に少ない人もいれば,疲れなどから思考が低下しているひとや考える気が無い人,もう少し細かく言えば,キャップであれば物理学的な知見の欠如や箱であれば空間認識能力の乏しさが原因かも知れません。

一般に洞察力があるひとは天才などといわれてしまいますが,サバン症候群のようなある種のアスペルガーの方々の人にも秀でた能力を持っている方が居られますので,逆にこれらから類推すれば,あなたが上げたようなことが分からないひとは,集中力が無い(そのときだけかもしれない),幼少期からの遊びなどの経験不足(物の道理の引き出しが少ない),逆算をするような思考パターンの欠如(思考遊びの経験値が少ない)などが,これら理由と考えられるかも知れません。

投稿日時 - 2018-05-08 15:10:21

お礼

回答ありがとうございます
集中力、経験不足のなさは確かに影響しそうです。
自分でも覚えていないだけで、幼少の頃に箱を崩したりする場面に出会っていて、今初めて見る箱でもすぐに崩し方に気づけるのかもです。

投稿日時 - 2018-05-09 00:18:48

ANo.1

経験・・・なのかなぁ?

世の中には、不思議な人がいっぱい居ますね。
とにかく勉強になります、ココでも。

は?それ「知ってて当たり前」っと思っていた事を「知らない人」が、なんと多い事。(お陰様で年と共に「経験」増えましたしねぇ)

・知りました。
・次に
「なぜだろう?」と「疑問」を持つ。。。
更には、自分で調べたり試したり、そしてまた別のもので応用してみたり・・・

そのお菓子の箱をばらす事、
出来なかった人は、これを「経験」と捉えず、
「出来なかった自分」と言う認識すらなく、
あなたのように「なぜだろう?」と疑問など持たず、通り過ぎて行くのでしょう。

今は、何でも簡単に調べられる時代ですが、
それ故に「なぜだろう?」と疑問を持つ人が少なくなったような気がします。

便利なモノが少なかった時代は、各々が様々な「工夫」をして、より「自己流の便利」を追求したものですが、今は「簡単」「便利」「安い」の時代。

「応用」「工夫」「想像力」
これらが必要なくても生きて行かれる時代なのかなぁ?

投稿日時 - 2018-05-08 15:00:03

お礼

回答ありがとうございます
経験、確かに必要ですね。
できない経験をしたときに、解決策を見つけようとするか、できないものとして諦めるかの差なのかもしれません。
便利な世の中になってきましたが、その分あるものを工夫して使うという感覚の人が少なくなってきてるんでしょうかね?

投稿日時 - 2018-05-09 00:12:37

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